松下医師コラム ~仏の雫~ 第4話

仏の雫(ほとけのしずく)第4話
赤ワインが苦手で、ワイン知識ゼロの小生が「何とか赤ワインを美味しく飲めるようになりたい」と奮闘努力したワイン修行の初期体験記、第4回目である。小生にとって修行の旅は新しい発見の連続であり、思わぬ展開に身を任せ進んで行く。話のつながり上、第1回目(いつきクリニック一宮ブログ2019.9.17に掲載)から順に目を通していただければ幸いである。それでは旅の続きをご一緒に。
8.ワインとコルク
皆さんはワインのボトルを密閉しているコルクをご自身で開けたことはあるだろうか?またシャンパンなどスパークリングワインの炭酸ガス圧をワイヤーで閉じ込めたコルクを開けたことは?初めてワインのコルクを自分で開ける時は緊張し興奮するのは何故だろう。小生が生まれて初めてコルクを自身で開けたのは学生の頃だと記憶しているが、酒屋で買ってきた安ワインを、これまた何処で手に入れたか記憶にない、ハンドルにらせんの金属が付いただけの簡素なワインオープナーで開けた記憶がある。コルクの開け方もよく知らなかったがらせん金具をねじの様にコルクに差し込み、力任せに引き上げれば開くだろうと頑張ったが結構力がいる。挙句の果てにワインボトルを太ももで挟み込み、思い切りコルクを引き上げ抜栓した。それ以来いつもコルクを開けるときはどれぐらいの力で引き上げるのか、途中でコルクがちぎれないかとか、コルクの破片がボトルの中に落ちないかなど心配しながら開けたものだ。また初めて自宅でスパークリングワインのコルクを開けた時のことも思い出される。ガス圧で勢いよくコルクが飛び出すのが怖く、タオルでコルクを覆い恐る恐るコルクの栓を回して抜栓したことを思い出す。初めて自分で抜栓した時は嬉しくて、コルクをまるで宝物や記念品の様に保管しておいた。その内レストランでワインを飲む機会が訪れるたびにソムリエ(ソムリエール)がスマートにコルクを抜栓してグラスにワインをサーブしていく姿がとても格好よく憧れたものだ。やがて小生の赤ワイン修行が始まると、これまたほぼ二日に一本ワインボトルのコルクを抜栓するという厳しいデューティーが加わった。その頃には何とかソムリエの様にスマートにコルクを開けたい一心で、ソムリエナイフを購入し繰り返し練習したがなかなか上手くいかない。生まれつき両手親指のハンディキャップのため親指の関節が曲がらず、自由の利かない自分の手でソムリエの様に自在にナイフを操ることは無理だとあきらめた。それでも無骨にコルクを開け続け、色々な経験をした。コルクをひたすら抜栓することを繰り返し5年以上経過した頃、次第にソムリエナイフで抜栓を繰り返すことに疲れてきた小生はスクリューキャップのワインを探すようになった。スクリューキャップとはウィスキーや市販のボトル詰め飲料水によく採用されている、捻るだけで容易に開栓できる金属キャップである。ニュージーランド、オーストラリア、チリ、カリフォルニアなどのワインボトルに比較的よく使用されている。ほんの1-2秒で簡単に開栓でき、また再び栓を閉めてそのまま保存できる便利さもある。ソムリエ教本にはワインの保存や熟成についてもコルクと比べ遜色ないと書かれている。ワインの修行を始めた頃はスクリューキャップのワインは何だか安っぽく、抜栓するにも気分が上がらないため、面倒でもソムリエナイフでコルクを抜栓することに喜びを感じていたものだ。しかし5年も経つと便利さに負けてしまい、少なくとも日々の家飲みワインをリカーショップやスーパーで購入するときはスクリューキャップのワインを探すようになった。ただ現実的には店頭に並んでいるワインの9割以上はまだコルク使用のワインだ。そのため相変わらず面倒だと思いながらもソムリエナイフでコルクを抜栓する日々は続く・・・。とその時、ネットで電動コルクオープナーを発見。思わずマウスでポチリと購入。これがまた感動的なほど使い勝手がよく、5-10秒でホイホイとコルクを勝手に抜栓してくれる。しかも値段も手ごろ。ここ数年で小生のベストバイの一品となった。以後ソムリエナイフは引き出しに大事にしまい込み、電動コルクオープナーでホイホイと抜栓する楽ちんなワインライフを送っている。
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9.ソムリエの所作の美しさをみて考えたこと
ソムリエの所作について小生が思うところを少し触れてみたい。ソムリエがこれから抜栓するワインの確認と説明を行う。おもむろにソムリエナイフを取り出し、キャップシールを素早い手さばきで剥ぎ取り、コルクにスクリューをねじ込んでいく。どちらに傾くこともなくスクリューは真直ぐねじ込まれ、フックをボトルの口に固定し、スムーズにコルクが引き上げられる。9割方抜栓されたところで、コルクを手で握りゆっくり静かに残りのコルクを引き出す。コルクの状態を確かめ、内側の香りを嗅ぐ。問題なければワイングラスに適当な高さから注ぎ入れ、すべてのグラスに均等に分配する。コルクをキャップシールと一緒にテーブルの端に提示し、一礼してテーブルから離れる。この一連の所作の美しさに魅せられたものだ。ソムリエの所作を通して感じたことは、どの分野であれ、その道の仕事のプロが真剣に仕事に向き合う時、彼らの所作は美しいということだ。無駄を削ぎ落し、必要にして十分な動きは迅速でかつ正確であり、その仕事ぶりは見ていて美しい。かつて小生は心血管インターベンション治療(狭心症や心筋梗塞に対するカテーテルを用いた治療)を専門にしていた。この治療を始めた頃、今日ではインターベンションの世界では国際的にも有名な某施設で1年半に渡りカテーテル治療を学んだ。その時、その道の先輩たちが行う、無駄のない、正確で早い手技に魅せられ、早く自分も同じようになりたいと必死になって技術を習得する日々を送った。穿刺部の消毒、動静脈の穿刺、カテーテルの挿入と操作、ガイドワイヤー操作と病変の通過、血管内エコーによる評価、バルンやステント治療、カテーテル抜去と止血処置。これら一連の作業を無駄なく、正確かつ迅速に行うことは、分野こそ違えどもソムリエの美しい所作にも通ずるものだと思っている。ただソムリエの仕事と違うことは、想定外の状況変化が常に存在し、経験と知識を頼りにリアルタイムに状況判断し、対応を迫られることだ。常に美しい所作と思われる手技を目指していたが現実はなかなか思い通りにはいかないものだ。改めてプロの仕事人に共通する所作の美しさは、美しさを目指すのではなく、無駄のない正確で迅速な仕事ぶりが結果として美しい所作を生み出すのだと感じている。
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10.赤ワインの熟成と劣化
ソムリエは抜栓した後、必ずコルクの状態を確かめる。そしてコルクの香りを嗅ぐ。この動作はワインの状態が健全かどうか、このワインをお客様に提供して良いかどうかを検証するためである。小生も数多くのワインを自ら抜栓し、試していく中にはとても飲めたものではないワインにも出会うことがあった。あるリカーショップで購入した赤ワインは抜栓した瞬間から、ひどい臭気のためとても口にすることは出来なかった。それはまるで非常に酸味の強い酢と古い醤油を混ぜたような臭気であった。これは恐らく保存状態に重大な問題があり、ワインの酸化が進みすぎたことによる劣化であろうと思われた。また、コルクの香りにケミカルな異臭を感じることがあり、ブショネと呼ばれる。ブショネはコルクに残留した洗浄液がワインと反応し引き起こすワインの香りや味の劣化である。ブショネはすぐに分かるレベルから、なかなか気付きにくいレベルまで様々である。ワインの健全性や熟成による経年的な香りや味わいの変化は経験豊かなソムリエやワインラヴァーであれば正しく判断できると思う。小生はまだまだ修行の途中であり判断能力には自信がないが、それでも二日に一本程度の頻度で抜栓を繰り返していくうちにワインが健全かどうかは判断できるようになったと勝手に思い込んでいる。問題はワインの熟成による経年的な香りや味わいの変化を正しく評価できるかだ。赤ワインの熟成問題については改めて触れてみたいが、赤ワインは熟成が進み、飲み頃を過ぎた過熟成の時期にワインはゆっくりと劣化の過程を歩むことになる。そしてまたゆっくり劣化が進みつつある枯れゆくワインの味わいを楽しむようなマニアックなワイン愛好家もいる。小生は未経験であるが(恐らく将来も経験することはないが)、ボルドーやブルゴーニュの高級ワインは飲み頃を迎えるのに十数年、飲み頃のピークから飲み頃が過ぎるまで数十年かかると言われており、二十歳でワインに入門したとすれば、人生の半分以上をかけて熟成するワインと付き合っていくことになる・・・。気の長い話だ。
話が少しそれたが、小生が飲むようなワインは長期熟成に耐えないワインばかりなので、自宅のワインセラーに保管しておくうちに知らない間に飲み頃を逃し、劣化の過程にあるワインを後悔しながら飲んだ経験が少なくない。というか小生の怠慢でワインを寝かせると称して、ほったらかしにしていたワインを最近何本か飲んで期待を裏切られるという体験を繰り返している。赤ワインは消費期限の決まっていない生きた飲み物であるが、賞味期限は人それぞれが決める。これがワインの難しいところでもあり、楽しいところでもある。

いかがでしたか。赤ワインが苦手で、ワイン知識ゼロの小生が「何とか赤ワインを美味しく飲めるようになりたい」と奮闘努力したワイン修行の初期体験記の第4話。今回はコルクのお話でした。宝物のようにしまっていた最初に抜栓したコルクは、いつの間にかどこかに消えてしまった。保管した人生の宝物のほとんど今では消え去っている。最近では保管するか迷ったら捨てることにしているが、今のところ大後悔したことはない。意外と人生でほんとうに必要なものは少ないのかな。でも思い出だけは大事に心に保管しておきたい。・・・いつまでも。
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いつきクリニック一宮 医師 松下豊顯