松下医師コラム ~仏の雫~ 第2話

仏の雫 (ほとけのしずく) 第2話
赤ワインが苦手で、ワイン知識ゼロの小生が「何とか赤ワインを美味しく飲めるようになりたい」と奮闘努力したワイン修行の初期体験記、第2回目である。小生にとって修行の旅は新しい発見の連続であり、思わぬ展開に身を任せ進んで行く。話のつながり上、第1回目(いつきクリニック一宮ブログ2019.9.17に掲載)から順に目を通していただければ幸いである。それでは旅の続きをご一緒に。
4.マゾヒストなブドウたち
1
この体験記は赤ワイン修行の話であるが、ここでワインの素になるブドウに少し触れてみたい。ご存知のようにワインには白ワイン、赤ワイン、ロゼワインがある。白ワインは白ブドウから造られる。では赤ワインはといえば赤ブドウ、ではなく黒ブドウから造られる。ロゼの素も黒ブドウだ。ワイン用のブドウには大きく白ブドウと黒ブドウの木が存在する。白ブドウと黒ブドウの大きな違いはブドウの果皮の色だ。黒ブドウの皮には紫色の色素と共にタンニン、ポリフェノールなどの成分が多く存在し、その果皮の成分をしっかり抽出し造られたのが赤ワインである。
ここで質問を一つ。 「黒ブドウから白ワインを造ることができる」×か。シャンパーニュの白(いわゆるシャンパンの白であるが、正確にはシャンパーニュ地方で造られるスパークリング白ワインを指す)はピノノワールとピノムニエ(共に黒ブドウ品種)とシャルドネ(白ブドウ品種)という3種類のブドウをブレンド、もしくは単独品種で造られる。黒ブドウのみから造られる白のシャンパーニュは「ブラン・ド・ノワール」と呼ばれる。フランス語でブランは白、ノワールは黒を意味するので、「黒から造った白」とでも訳せばいいのだろうか。したがって正解はである。黒ブドウも果肉は白いため、なるべく果皮の成分を抽出しないように絞って発酵させれば白ワインができる。また、果皮の成分を適度に抽出すればロゼワインとなる。
ここでワイン用ブドウについて蘊蓄を語るつもりは全くなくが、もう少しお付き合い願いたい。ワイン用ブドウと、我々が普段よく目にする生食用ブドウとはそもそも品種が異なり、同じブドウでも生育環境や育て方が全く異なる。一般に野菜や果物は肥沃な土壌と高温多湿な環境でより良い果実に生育する。しかし、ワイン用ブドウは痩せた土壌で、どちらかというと雨量も少ない厳しい環境でこそ、凝縮した良い果実をつける。
小生が生まれて初めてワインブドウの木を目にしたのは、オーストリアウィーンに学会出張した時のことだ。ドナウ川流域のバッハウ渓谷に立ち寄った時、ドナウ川の両側の山のほとんど断崖絶壁といえる斜面に一面にブドウの木が栽培されている光景に驚いた。ブドウ畑も散策したが、こんなところに木が育つものだと感心したことを思い出す。肥料も水も十分な環境で大きく育った果実は大味になりがちだ。厳しい環境であるほど、少しでも地中の水分や栄養分を求めて、深く根を降ろし、一生懸命子孫を残すため、結実させようとするブドウたちのけなげな姿。厳しい環境でも、必死に頑張れば凝縮した良い果実が生まれる現実は、人生訓にも通じる良い話ではないか。
あえて長々とブドウの木についてお話ししたのは小生が赤ワインの修行の過程で、ワインに対する感性を高めていく上で、ブドウがどのような環境で、どのような作り手により、どのような哲学のもとに作られたのかに思いを馳せることが重要であることに気付いたからである。
5. 今飲むべきワインは赤?白?ロゼ?
昼下がりの午後、まぶしい日差しに照らされ、潮風にあたりながら、南仏コート・ダ・ジュールの海辺のレストランにあなたは今、腰かけている(妄想するのは自由である)。地中海といえば新鮮な海鮮料理だ。日差しも強く、のども乾いた。海鮮料理を前にして、あなたはドリンクとして何をオーダーする?赤?白?ロゼ?・・・ビール!!・・・Yes!!!グッドチョイスです。
日差しのきつい昼下がりには水のように喉を潤してくれるドリンクがいいですよね。もちろん冷たい水でいいのだが、一応ワインのお話をすることになっている都合上、どういうワインを飲みたいか今一度考えてみよう。赤?白?ロゼ?・・・スパークリング!!・・・Yes!!!グッドチョイスです。普通スパークリングワインは白かロゼですね(赤のスパークリングはごく一部の例外を除き産生されない)。
2
ある地域の郷土料理に合うワインは、やはりその地域でよく飲まれているワインに決まっている。フランスには10のワイン産地があり、それぞれ栽培しているブドウやワインの造り方に特徴がある。南仏東部の地中海に近い地域はプロバンス地方と呼ばれ、ここで造られるワインの90%はロゼだ。あなたもきっと冷えたロゼワインを片手に海鮮料理を堪能しているんじゃないかな。でもちょっと待って。冷えた白ワインでもいいんじゃないの?いいんです!では赤ワインでは?・・・うーーーん。好きにしなさい。日差しのきつい暑い日に赤ワインは辛いものがあるけど。赤ワインをキンキンに冷やして飲めばいいんじゃない。あのね、それはもう赤ワインじゃなくて単なるアルコールぶどう飲料ですよ。ちなみに小生が最も怒れるワインのサーブのされ方は、小さなグラスにキンキンに冷えた赤ワインをなみなみ注がれて提供されることだ。大衆居酒屋ではよくある光景ではあるが。
話を元に戻そう。この地方で、魚介類に合うといわれる白ワインをなぜ造らない?その答えはプロバンスの気候にある。白ブドウの重要な特徴にミネラルがある。きりっとした酸味と硬質なミネラル感はある意味白ワインの命でもある。良質な白ブドウを栽培するには比較的冷涼な気候が適している。
地中海に近いプロバンスの気候は温暖だ (いや、近年の地球温暖化によりむしろ熱い地方と言える)。したがって白ブドウの栽培より、温暖な気候を好む黒ブドウの栽培に適する。黒ブドウから造る赤ワインは渋みや、濃厚な果実味が魅力だ。すなわち白ワインに比べ相対的に重いワインだ。ところが暑い日差しの中、海鮮料理に合わせるには赤ワインは重すぎる。そこで彼らは考えた。「赤ワインがだめならロゼワインを造ればいいじゃない、マリーアントワネット」なのだ。すでに触れたように黒ブドウからロゼワインが作れるのだ。赤・白・ロゼと分類したが、ロゼワインは基本的に白ワインと考えていい。果皮の成分が多少含まれ、様々なピンク色で美しいワインだが、赤よりは圧倒的に白ワイン寄りだ。反論覚悟で申せば「ロゼは洒落た白ワイン」と小生は考えている。
長々と前置きしたが、ここでは赤ワイン、白ワインの飲むべきシチュエーションについてお話ししたい。どのような時に赤ワインを、あるいは白ワインを飲めばいいのか?結論を先に述べれば自分の好きに選択していい。小生自身、赤ワイン修行の初期にはどのような状況においても、かたくなに赤ワインだけを飲み続けていた。それこそ暑い日差しの中、海鮮料理に合わせてひたすら赤ワインを飲んでいたのだ。今はそのような飲み方はしないが、当時は自分で納得しながら赤ワインを楽しんでいた。しかしどんな分野においても、やはり基本というものがあり、基本を会得したうえで様々に独自の方向性を開拓していくものだ。
例えば音楽の世界、どんなに前衛的な楽曲を奏でていても一流のミュージシャンは必ずクラシックの基礎をしっかり積み上げているものだ。ワインの世界も、飲み方は個人の自由とは言え、やはり基本というものが存在する。世界中に様々な種類のアルコールが存在する中、ワインほど飲むときのシチュエーションにこだわる飲み物はないと思う。特に食事とのマッチングは重要で、人はそれを「ワインと食のマリアージュ(結婚)」と呼ぶ。
ワインを美味しく飲むために食事を選ぶのか、食事を美味しく食べるためにワインを選ぶのか。そんなことを考えていると「ワインつて本当に面倒な飲み物だ」と思うだろう。そのとおり!面倒な飲み物なのだ。だからこそ、ソムリエという専門家が職業として成立しているとも言える。
赤ワインは白ワインよりも相対的に重いワインだ。しかし、黒ブドウの品種や生産者の造り方により赤ワインであっても、軽くフルーティーなワインもある。同様に白ワインであっても白ブドウの品種や樽熟成を加えることにより濃厚で重い白ワインに造ることができる。基本的にはステーキのような濃厚な肉料理には重い赤ワインがマッチするし、新鮮な魚料理には白ワインがマッチする。しかし、軽い肉料理に白ワインを合わせてもよいし、濃厚な魚料理に赤ワインを合わせることも可能だ。また、甘いデザートには貴腐ワインのような甘いワインがマッチする。重い料理には重いワインを、軽い料理には軽いワインを。要するに似た者同士のマッチングを基本とすることは、人間の夫婦も似た者同士がベストカップルという真理に一致するか???   
いかがでしたか。赤ワインが苦手で、ワイン知識ゼロの小生が「何とか赤ワインを美味しく飲めるようになりたい」と奮闘努力したワイン修行の初期体験記の第2話。小生にとって修行の旅は新しい発見の連続であり、思わぬ展開に身を任せ進んで行くのだが、今回はこれまで。不定期ながら次回にこうご期待
いつきクリニック一宮 医師 松下豊顯        ソムリエ